閑話 お下がりと花吹雪(後編)

 食後に一休みしていると、向田さんが声を掛けてくださいました。
「ハナちゃん、えっと……その……」
『はい、なんでしょう? ……あぁ!』
 なんだか気まずそうにしていらっしゃる……? と一瞬思いましたが、すぐに気付きました。
『鞄のことですか? ふふ、綺麗にするのも楽しみですので、そう気になさらないでください』
「えっ? ……あ、あぁそうそう、昼飯の後にでも見せるって約束だったもんね」
 向田さんは優しいので、ボロボロの鞄を渡すことにやっぱりちょっと抵抗があるのかも。す、すみません向田さん、私はむしろお下がりに嬉しくなってるのに……!
 まずは、鞄の状態を確認することにしました。
 平べったい大きな石に二人で並んで座ります。お昼もここに座って食べました。お腹いっぱいになってお昼寝しているみんなを一望出来るので、自然と顔が笑ってしまう。ふふ、みんな健やか。
「うーん、改めて見てもやっぱりボロボロだって」
『でも、懐かしいです! 確か元々中古品でしたっけ?』
「そうそう、よく覚えてたね。最初に服を買った時に店主がオマケでくれたんだよなあ」
『……あの時の向田さん、何度思い出しても惚れ惚れするほど初動がスムーズでした……!!』
 貨幣価値をしっかり把握し、ひとまずの衣食住を確保。ステータスとスキルの確認と、そこから生じるであろう利益と自分に降りかかるかもしれないリスクを考慮したのち、王都脱出への決意。
 これが……全部……初日……!
 異世界に召喚された初日にこれですからね!!
 向田さんはほんとうに……すごい!!
『向田さんはほんとうに……すごいです!! 判断もお早いですし、交渉も鮮やかで……』
「ほ、褒めすぎ褒めすぎ。ネット小説読み込んでたってだけだよ」
 異世界召喚モノは結構読んでたし……なんて言いながら照れてる向田さん可愛い、じゃなくて。
 いえ、あの。
 ネット小説を読み込んでたからって、実践出来るかどうかは……また別ですよね……!?
 たとえば、子供たちに対価(串焼き)を渡して情報を得る、乗合馬車で居合わせた商人さんと会話をしかけて情報を得る、食事処で冒険者さんに対価(エール)を渡して情報を得る……などなど。
 そもそも初手から「これはあかんタイプの異世界召喚だ」って結論付けて早々に離脱するところからそれはもう鮮やかなのですが。
 ぜーーーーんぶ、こう、さらりとやってのけてるんですよ、このお方!! 胆力どうなってるんです!?
 しかも「このくらい出来て普通」みたいな顔でやってのけてるんですよね!?
 というか出来て普通って思ってるからこそ今こんなに照れて謙遜してらっしゃる!! なんなんですか!?
 これだから向田さんは全くもう。もう。すき。
『…………向田さんはもっとご自身を誇っていいと思います!』
「あ、あはは、ありがと……(相変わらずハナちゃんの中で俺の評価が高い……有難いやら気恥ずかしいやら……)」
 ……ついつい話が逸れて鞄がそっちのけになってしまいました。
 気を取り直して、今日のところは洗ってみようと思います。
 きちんとした加護持ちのスイちゃんには敵わないけれど、私の極小の加護でも、鞄一個分くらい洗える水球は作れるはず。
 スイちゃん、お昼寝中だものね。ゆっくりすやすやしててね。
「じゃあ俺が洗剤と鞄入れるから、ハナちゃんは水魔法と風魔法よろしくね」
『はい! ありがとうございます、向田さん』
 当然のように手伝ってくださる向田さん、優しいなぁ。すきだなぁ。
 そんな気持ちを噛み締めつつ、お水お水、と念じると……私の周りに水の玉がいくつも浮かびます。大きさはしゃぼん玉くらい。これを一つにすれば、なんとか鞄は洗えそう!
『……むん……』
「(フフ、またむんて言ってる)」
 集中すると、水の玉はくっついて一つになった。よかった!
 そこに向田さんがお洗濯する時と同じように、でもいつもより小さなファイアーボールを作って、水の温度を上げてくださいました。わあい。
 それから洗剤、鞄の順に投入。
 こうして出来た鞄入りのまんまるの水を、風魔法でぐるぐるーっとすれば洗濯渦潮の完成です。
 ただ、水魔法と風魔法を同時に使うのは、私にはちょっと難しい。
 なので、切り替えます!
 すすす……っとちょっと高いところに水球を持ち上げて、水魔法から風魔法にスイッチ。
 ざぶんと水が地面に落ちる前に、風で巻き上げて渦にしました。
『成功です!』
「おぉー!」
 向田さんが感心したようにぱちぱち拍手をしてくれた。う、嬉しい。
 この方法、ちょっとした物をパパッと洗うには良さそう。
 大きな水球は作れないから、普段のお洗濯はスイちゃんに手伝ってもらうことになるけど……スイちゃん、喜んでお手伝いしてくれるから有難いなあ。有難いし、可愛いし、いい子。
「お、『鑑定』したらもう汚れ落ちたっぽいぞ。どうするハナちゃん、一応柔軟剤も用意してあるけど……ハナちゃん?」
 ……優しいご主人様に似たのかも?
『……ふふっ。じゃあ、一度取り出してすすぎますね!』
「……ハイ……(ぐわあああ何でまたそんな顔で笑うの!?)」
 排水、すすぎ、脱水、乾燥まで終えると、鞄から目立った汚れはなくなりました。
 柔軟剤を使ったおかげか、けばけばした生地も若干落ち着いています。
「でも、こればっかりはねぇ……」
『ですねぇ……』
 綺麗になったので多少マシには見えるんですが、ところどころ擦り切れてたり破れかけてる……。
 たくさんスイちゃんが出入りした証と考えたら可愛いですけどね!
 ただ、普通の鞄として使うには少し手を入れないとだめそうです。
 まあ、普通の鞄としては使わないんですが……。
 向田さんアイディアの「中に小さめマジックバッグを入れてますと言い張って街中でも堂々アイテムボックスを使う」ためのカモフラージュ鞄ですからね。
 でもせっかくなので、綺麗にしたいなぁ。
「こんなボロで申し訳ないんだけど、この鞄はハナちゃんにあげるからさ、煮るなり焼くなり好きにしちゃっていいからね」
『え!? いいんですか!?!?』
「え!? も、もちろん!?!?」
 思ってたよりも大きな声で叫んでしまったらしく、向田さんを驚かせて(その後すぐ笑われて)しまった。は、恥ずかしい……!
 だ、だってお借りするつもりでいたから、つい。向田さんから頂いた物はなんだって嬉しいですが、な、なんでしょうね、やっぱりお下がりって、特別な気持ちになります。
『ありがとうございます……! じゃ、じゃあお言葉に甘えて、煮るなり焼くなりすきにしちゃいますね!』
「あはは、どうぞどうぞ……ん? 煮るなり……?」
『煮るなり……?』
 私は首を傾げて向田さんを見つめました。また何か思い付いたのかな?
 こういう時の向田さん、だいたい天才だからなあ。
「ハナちゃんハナちゃん」
『どうしました向田さん』
「ハナちゃんのスキルの開花でさ、あれでドライフラワー用の花と薔薇を咲かせられたよね。こういう花が欲しい、って希望通りに」
『はい、そうです』
「ええと、鞄を補修する布地はネットスーパーで買えるけど、色までは揃えられないだろうし、染料用の花を咲かせて鞄も補修布も一緒に染められたらいいよなーなんて……」
『天才……?』
 やっぱり天才でした……!!
 ここぞとばかりに褒めちぎらせて頂きましたとも、ええ! さすが向田さん!!
 向田さんの思い付きを形にしたくて、私は早速花を咲かせることにしました。
『うーん、何色にしましょう? 素朴な色がいいですよね』
「そうだね、この世界とハナちゃんの手持ちの服に合うような……」
 あーでもないこーでもないと協議を重ねた結果、淡いベージュ系ブラウンで決定。ミルクティー色というか、そんな感じになると嬉しい!
 布地を綺麗に染めてくれるお花……染料になるお話……何卒よろしくお願いします……。
『むん……』
「フフ……」
 両手を組んで祈るように力を込めると、髪がざわめくような感触。私でさえ私の元の姿を見たことがないけれど、本来はきっと全部の髪の毛が蔓みたいになってるんだろうな。
 ぽこん! とすぐに咲く気配。
 蔓を使って収穫すると、私の手元にはちゃんとミルクティー色をした……紫陽花? が。
 小さな花びらがいくつも集まっていて、ころんとまあるく咲いている。可愛い。なんだっけ、あのあれ、小手鞠……? にもちょっと似てる。
「はいハナちゃん、って言ってもあんまり選択肢なかったけど……」
『わ!? ありがとうございます、助かります向田さん!』
 私が開花のスキルを使っている間に、向田さんはネットスーパーで補修に使えそうな布地を探してくれていた。や、優しい……!!
 向田さんと一緒にいると、自然と笑ってしまうし、何度もありがとうを伝える機会があって……心があたたまります。
 幸せなのは、言うまでもなく、ずっと感じていることでした。
『確かに選択肢あんまりないですね……』
「そうなんだよ、布単体が意外にもなくてさ……」
『……あっ! この巾着(大)とかどうですか!?』
「おっいいね、これならある程度生地に厚みがあるし」
 というわけで購入。お値段は銅貨7枚分でした。
 巾着は構造も複雑じゃないですし、紐を抜いて、生地を二分割くらいにして、内側からくたびれた箇所にこう……いい感じに縫い合わせたら……いける! 気がします!
 ……こちらの都合で既製品に手を入れてしまう申し訳なさはどうしてもあるのですが、その分、大事に使わせて頂きます。
『エプロンとかナップザックの手芸キットがあればよかったんですが……』
「あ〜、家庭科の教材みたいな?」
『ふふ、そうですそうです』
 私の記憶は依然として曖昧ですが、断片的なあるあるエピソードのようなものは引き出せるので、とても不思議。
「懐かしいな〜ドラゴン柄のエプロンとかあったわ」
『ど、ドラゴン柄……!!』
 染色の準備をしながら、つい小中学生の向田さんがドラゴン柄のエプロンを付けてるのを想像しちゃった。か、可愛い……じゃなくて、作業作業。
 巾着から紐は抜いて、風魔法でスパッとカット、二枚の布に。水魔法の水をまた向田さんのファイヤーボールで温めてもらう。なんとなくその方が染まりやすそうだよねってことで、今回はさっきより熱めです。
 向田さんにお願いして、まずは染色用の花から入れてもらいます。
 ぷかぷか浮かぶまんまるのお湯に、向田さんが花をそっと押し込むと……
『……えっ!?』
「と、溶けた……?」
 と、溶けちゃった。入浴剤か何かかな? ってくらいすぐお湯に溶けて、無色透明だったまんまるは一気にミルクティー色に……。(ちょっと美味しそう……)
 続けて向田さんが鞄と布を入れると……
『そ、染まりました……』
「染まったね……」
 入れたそばから鞄も布も綺麗なミルクティー色へ。
 開花スキル、便利過ぎません??
 な、何にせよ思った通りに染まってくれてよかった!
 余った液剤はひとまず空のペットボトルに入れておきます。うーん、ますますミルクティーにしか見えない。間違えて飲まないようにちゃんとラベリングもしました。
 鞄と布は軽く搾ってから一度すすいで乾かします。
『向田さん、たくさん手伝ってくださってありがとうございました! 今日の作業はこの辺にしておきます』
「いえいえ、どういたしまして……」
 そろそろフェル様たちも起きてくる頃ですし。
 食休みは、どちらかと言えば向田さんのための時間です。フェル様もスイちゃんもドラくんも、そして恐らくは私も、食後すぐ走っても……元気!
 でも普通はウェッてなっちゃいますからね……。
 なので食休みの間、フェル様とスイちゃんとドラくんはだいたいお昼寝もしくは狩りの二択でして、今回は前者。
 起きたらすぐ出発でしょうし、切ったり縫ったりはまた明日にしよう。
 アイテムボックスに鞄と布をしまい込んで立ち上がると、ゴホンと咳払いの音がしたので、もちろんごく自然と視線は向田さんに。
 すると、ばちりと、目が合う。
「ハナちゃん、ええと、手を出して下さい」
『?? はい』
 言われた通りに両手を出します。
 なんだろう?
 不思議に思うと同時に、答えが手のひらに乗ってきました。
 ――あの角のお店は陶器の破片を使ってアクセサリーを作ってるのよ。
 その瞬間、ブリジッタちゃんの言葉が思い浮かんだ。
「最後に立ち寄った店で見つけたんだけど、似合うだろうなと思って……その、ほら、ハナちゃんは色々俺から貰ってるーなんて言ってくれるけどさ、俺もハナちゃんから色々貰ってるわけで……この間の薔薇もそうだし、今日の茶碗とかね。だからちょっとしたお礼っていうか、焼き物の街での思い出に……ど、どうぞ……」
 それは、一枚一枚微妙に色の違う花びらがとても綺麗な、青い薔薇のブローチでした。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

『――全く、やはりハナには鍛錬が足りぬ。このまま早急にダンジョンに向かっても良いのではないか?』
『まあなー、これは流石にな。別に前に出ればいいけどよ、ハナより後ろで飛べないくらい咲き続けてるってのはちょっとなー』
『うふふー、ハナちゃんのお花甘くておいしー』
『ご、ご、ごめんなさい……あの……全然……と、止められなくて……』
「い、いやいや、そ、それだけ喜んでもらえたなら何よりです……」

 は、早く自分の体を制御出来るようにならないと……。
 このままじゃ、流石の向田さんにも、気持ちがバレちゃう……!!
【注・バレています】

 …………咲き止まない花をまき散らしつつ、旅は、続きます。

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