第八十三話 いいぞ~と言われましても

 今日はフェル達の要望で、いくつかの用事を済ませたら森の方に行くことになった。
 海の街での滞在を三日延ばしたいって相談したら案の定、『ダンジョンに行くのが遅くなるのではないか』だとか『ダンジョンに早く行きてーな』だとか渋られて、納得してもらった代わりに狩りがしたいんだってさ。
 もちろん『少しくらいならいいよー』とか『海の幸、たくさん仕入れたいですよね……!』とか味方の声もありました。ありがたや。
 そうなんだよ、魚介類をもうちょい仕入れたいし道中の料理も作り溜めしておきたいんだよ。
 まあ正直俺としても早いとこダンジョンに行きたい気持ちは……ある。
 いや積極的にダンジョンに入りたいとか攻略したいとか戦いたいとかはこれっぽっちも思ってないですけどっ。
 ただ、フェルが言ってることが正しければ次のダンジョンでハナちゃんが喋れるようになるかもしれないからね。連続した戦闘で体の使い方をしっかり把握出来たら自ずと喋れるようになる、それにはダンジョンが打って付け……らしい。ホントか? こればっかりは試してみないとわからないからなぁ。
 だからもしかしたらブーブー文句言ってたフェルとドラちゃんより、ハナちゃんの方がよっぽどダンジョンに行きたがってるかもしれない。
 そう思ってこっそり「ごめんね、出発を遅くしちゃって」ってハナちゃんに謝ったら『え!? 謝らないでください向田さん……!!』って慌てられ、どんなに旅の準備が大切で大変でどれだけ俺がすごいことをやっているかこれでもかと褒めちぎられた挙げ句に『三日なんて誤差です!!!』と断言されてしまった。
『もちろん喋れるようになりたいですし、ダンジョンも行ってみたいですが……一日一日が毎日ずっと楽しいですから、三日なんて誤差です!』
 べた褒めされた上にこの言葉ですよ。
 一昨日言われた『向田さんのおかげでずっと嬉しくて幸せだって、改めて気付きましたから』も思い出しちゃって流石に顔が熱かったぜ……。
【注・閑話「貝殻細工と魔石のシーグラス」参照】
「そ、そっか……ありがとね、ハナちゃん」
『こちらこそ! いつもありがとうございます、向田さん!(照れてらっしゃる……!? 可愛い……!!)』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 商人ギルドで借家の延長手続きをしてもらい、昨日作ったパウンドケーキの贈答用バスケットを雑貨屋で買って、俺達は冒険者ギルドに向かった。
 白熱した宝石鑑定値段付けバトルのお礼と、狩りに行くならついでに受けられそうな依頼も見とかなきゃね。
 ……結論から言うと、ギルマスのマルクスさんにこってりたっぷり惚気られた。
 甘い菓子は嫁さんが喜ぶから始まって(確かに話を振ったのは俺だけど)聞いてない馴れ初めから去年生まれた娘さんの話まで全部聞かされた。 
 挙げ句に「結婚はいいぞ〜」なんて言われながら肩やら背中やらバンバン叩かれたわ。
 まさかマルクスさんがリア充だったなんてな。
 俺なんか結婚どころかお付き合いどころかそもそも大前提の告白まで遠いんですが??
 今は幸せオーラから撤退してギルドの掲示板を見に行くところだ。
「はあ、まだ背中痛いって……パウンドケーキ喜んで貰えたのはよかったけどさ」
『ふふ、幸せいっぱいのお父さんの顔でした』
「ねー。御守りも受け取ってもらえてよかったね、ハナちゃん」
『はい!』
 そうそう、最近ハナちゃんが作ってアドリアンさん(ランベルト商会の仕入れ担当者)にも渡した新商品『アロマテラピーサシェの御守り』も一緒に渡すことにした……というか、そうなったんだよね。
 マルクスさんが親子程の歳の差をものともせず猛アタックして射止めた嫁さん&去年生まれた娘さんのことがそれはもう可愛くて可愛くてしょうがないだと。
 で、やっぱり体も心配なんだって。
 家族の時間を取れるように頑張ってはいるが、どうしてもギルトマスターとして忙しく家と娘のことは頼ってしまいがち……そんな話を聞いたハナちゃんが見過ごす訳ないよね。
 ハナちゃんが『よかったらこれ……』という仕草でサシェを出したら「お! これが噂の!」って嬉しそうにしてから、ちょっとバツが悪そうに「ねだったみたいになっちまってすまん」って謝ってたよ。
 ギルドマスター同士で大体の情報は共有されてるらしいからな。
 前の街のヨーランさんからサシェの評判も聞いてたんだが、クラーケン騒ぎですっかり忘れてたんだって。
 で、通常の『アロマテラピーサシェ』と『アロマテラピーサシェの御守り』をセットにして渡してきたって訳だ。
『私が作った物がお礼になったら嬉しいです……!』
「あはは、絶対喜んでくれるって。マルクスさんの嫁さんもカルロッテさんも」
 折角だしカルロッテさんにも……って言い出す辺りハナちゃんらしいよね。

 ……なんて雑談に花を咲かせつつ、依頼が貼り出された掲示板を見てるんだが。
「うーん……あんまりいいのないね」
『森側はちょっと少ないですねぇ』
 出来れば立ち寄った街で溜まりがちな高ランクの依頼を受けて欲しいってお願いをされてるからなぁ。
 冒険者ギルドにはお世話になってるしなるべく達成しておきたいところ。
 どうしたもんかね。
 ふと掲示板から目線を外すと、ハナちゃんが依頼の張り紙とにらめっこしてた。あんまりにも真剣に探してる様子が可愛くてニヤける……のは一瞬だけだった。
 ──お前も高ランク冒険者だが婚期は逃すなよ。
 さっき言われた言葉を思い出して、一緒に叩かれた背中がじんと痛んだ……気がする。
 はあ。
 この世界の常識的には早ければ15歳、遅くても18歳にはもう結婚してるのが普通、20代前半でもう行き遅れ……なんて囁かれる年齢なんだそうだ。馴れ初めと一緒にそれとなく聞いた。
 まさにハナちゃんは見た目・中身共に20代前半で。
 婚期の話を聞いてた時、本人は気にした様子もなかったけど……万が一にでもハナちゃんが肩身の狭い思いをするのは嫌だ。
 かと言って順序ってものがある。
 あり過ぎるくらいある。
 そんなことを考えながらハナちゃんの後ろ姿を眺めていたら、
「……結婚はいいぞ~」
 まだいたのかリア充。
 いつの間にか隣に来ていたマルクスさんにうんうんと意味ありげに頷かれながらポンと肩を叩かれた。
 クッソ、結婚出来るんだったらとっくにしてるっての。
 ……いや嘘、ちょっと嘘、それは言い過ぎかもしれないけどでも心意気としては嘘ではなくて……はい。はい……。

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