閑話 ハナちゃんの長い夢

『お主が歩む此度の人生が、よき旅路であるよう、祈っておるよ』
 創造神様の声がこだまして響いていった。
 どれくらい時間が経っただろう。
 意識がゆっくりと戻っていく。
 ……えっと、どこだろう。なんだろう?
 夜とはちょっと違う暗さにつつまれていた。ふかふかで、じんわりとあたたかい。
 一度だけ砂風呂に入ったことがあるけど、あれに似てる。
 もしかして、土の中かな。
 ……え、転生って、ここから?
 ここからなんですか創造神様。
『大きく育つんじゃよ』
 ここからなんですね創造神様……。
 今私は、向田さんが育て始めたアルラウネの球根になっている。
 実はもう既に、モドキじゃないんです向田さん。ごめんなさい。
 創造神様曰く向田さんが手にした球根は、普通のアルラウネモドキより、ずっとアルラウネ寄りの物だったらしい。先祖返りって言うのかな。そこに私という人間の魂が宿ったことによって、なんかこう……化学変化的な……? とにかく、一応アルラウネになるみたい。
 ……向田さん、びっくりするだろうなあ。
 だってそんな、お、大人のおもちゃとして育ててるのに、おもちゃどころか自我を持ったアルラウネになるなんて……び、びっくりするよね。どうしよう。ほんとに。ごめんなさい。もう何万回も謝罪の言葉と気持ちが浮かんでくるけど、それでも私は選んでしまった。
 思えば最初の最初から、なんとなく、その、すき、なんだと、思う。向田さんのことが。
 召喚されて体感十分で幽霊になって、ふわふわ漂って数百年(たぶん)。
 なんの因果かまた儀式の場に居合わせて、
「私は勇者ではありませんし、こちらにいては皆様にご迷惑をかけるだけです」
 あの時の、へらっとした笑顔を見てしまった時から。
 だから、背中を追いかけてしまった。
 追いかけて、眺めて、自分のことみたいに楽しくて、面白くて、嬉しくて。
 どんどん、いいなあ、すきだなあ、が強くなっていって。
 美味しい、だけは、どうしてもわかりようがなくて。
 向田さんのごはんを、食べてみたいと思ってしまった。もう死んじゃってるのに。
 それからは恥ずかしいくらい欲が出てきちゃって、自分でも驚いた。フェル様はどれだけもふもふなんだろう、スイちゃん抱きしめたい、とか。
 向田さんと、お話してみたいな。隣で、歩けたらいいな。
 向田さんに――。
 そうしたらだんだん体が透けていって、創造神様の声が聴こえてきたんだよね。
『遅すぎたくらいじゃぞ』
 あっはい……ごめんなさい……。
 どうやら私があんまり空っぽすぎて、させてあげたくても転生も成仏も無理だったらしく。
 創造神様は誤って召喚された上に早々に命を落としてしまった異世界人の私を気にかけてくれていたみたいなのにそうとは気付かず数百年もぼーーっと寝て過ごしてしまい……その節は……大変申し訳ございませんでした……。
 私的にはあまりいらないというか最早トラウマスキル『ステルス』は引き継がれて、転生特典? としてさっき頂いたのは『擬態』の固有スキル。
 何がいい? って言われて迷ったけど、アルラウネになるのが確定してるから、せめてもの悪あがきと言いますか……ちゃ、ちゃんと、お、女の子として向田さんの隣に並びたいっていう願望が……ありまして……。
『ふぉっふぉっ、あやつも隅に置けんのう』
 創造神様、ここは放っといてください。
 こうして、一世一代わがままテンコ盛り転生が出来上がった。
 あとは育ち切るのを待つだけ。
 一応、その、か、覚悟はしてます。
 その為に育てられてるんですし。
 向田さんが私で嫌じゃなければ……うん……はい……はい。はい。わ、私は向田さんなら嫌じゃないので……。
『ふぉっふぉっ、あやつも隅に置けんのう』
 創造神様、ここも放っといてください。
 でももしお話出来る機会があっても、転生先を選べたことだけは内緒にしておこう。
 だ、だってダッチワ〇フになるってわかってるのに選ぶとか……そんな……ち、痴女って思われちゃう……。
 というか私が向田さんの背後霊だったことも、い、言えない。ストーカーみたいで気持ち悪くないかな。向田さんに嫌がられたらつらすぎる。
 絶対バレないように気をつけよう……!
【注・バレます】


 あかるい。
 目があるわけじゃないから、景色は見えない。けど、ひかりのあたたかさを全身に浴びていた。
 ぐんぐん大きくなってる。
 上に上にって伸びていく感覚が目まぐるしい。なんて言えばいいんだろう。無限に背伸びしてます! みたいな。
 植物になったからか、アイテムボックスに仕舞われてるからか、時間の流れ方がふしぎな感じ。何日経ってるのか、さっぱりわからない。
 そして私は今、深夜の通販番組でやっている吸収率がめちゃくちゃすごいドイツ製のタオルみたいになってる。たぶん、普通の植物だったら、根腐れしちゃう頻度で水やりされてると思う。
 なのに、ぎゅっと一気に吸い上げているのが自分でもわかった。お水、おいしい。
『ハナちゃん、今日もおっきくなったねー』
 急に、響くように声が届く。
 耳もないのに、きこえる。
 向田さんでも、フェル様の声でもない。きっとスイちゃんだ。幼くてかわいらしい。念話でしか話せないスイちゃんの、ずっときいてみたかった声。
『今日はねー、あんまり敵やっつけられなかったけど、今度ダンジョンに行くんだって! あとね、ドラちゃんが仲間になったよー』
 声と一緒にお水が降ってくる。きもちいい。
 ハナちゃん。
 ハナちゃん?
 たぶん、というか絶対私のことだ。
 名付け親、絶対向田さん。うふふ。
 ……ドラちゃんって、某猫型ロボットじゃないよね。まさかね。そ、それしか思い浮かばない。フェルえもん、ムコ太の異世界放浪メシ?(映画タイトル)というか、また従魔増えたんですね。
 今日もおっきくなったね、って言ってたから、水やりはスイちゃんが担当なのかな。もしかしたら、ずっと話しかけてくれてたのかな。そうだったら、うれしい。私がある程度おおきくなったから、きこえるようになったのかもしれない。成長してるってことかなあ。
 でも、どうしてだろう。向田さんのことだから、きっとこっそり育てようとするだろう。カモられ……もとい、球根を買う時も、スイちゃんをかばんから出してたくらいだし。
 ううん。アイテムボックスから出し入れするところを、見つかっちゃったのかな。
 物が物だし、水やりを頼むとも、自分から名前を付けるとも考えにくい。
 となると、どちらもスイちゃんにせがまれて……?
 その時の、向田さんの気持ちを考える。
 自分のえっちな大人のおもちゃに名前を付けさせられて、かわいい従魔に育てさせる?
 …………。
 …………うっ。
『あれー? ハナちゃん、元気ないのー? 待っててね、スイ、元気になるお薬作れるんだよ!』
 どうやら植物の私は、つらいきもちになると萎びるらしい。スイちゃんがポーションをかけてくれた。ワアイポーションオイシイナ。
 向田さん……おいたわしや……。


 毎日、水やりの度に、今日の出来事をスイちゃんが話してくれる。
 たくさん戦ったこと、ごはんがおいしかったこと、お風呂がきもちいいこと、新しく出来るようになったこと。水といっしょに、旅のかけらが私に降りそそぐ。
『ハナちゃん、スイ頑張っていっぱい敵をビュッビュッて倒してくるからねー』
 ああ、いいなあ。
 私も早く、そこに行きたいなあ。
『あるじー、おやすみ。ハナちゃんもおやすみー』
 スイちゃん、向田さん、おやすみなさい。
 声は出ないから、心の中で唱える。
「……おやすみ」
 ……?
 気のせいかな。
 向田さんの、声がした。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ぺた、ぺた、と変な音がする。
 なんの音だろう。
 足元がふわふわしてる。また幽霊になっちゃったかな。
 なんだかずっと、長い夢を見ていた気がする。
 そこでは、向田さんたちが寝てた。
 どうしてそこで? ってくらい、だだっ広い部屋の真ん中でお布団を敷いてるものだから、可笑しくって笑ってしまう。うふふ。
 森でもダンジョンでも、いつでもどこでもお布団を敷いていくスタイル、面白くてすき。
 よっぽど疲れてるのか、すうすう寝ている。手を伸ばしたら届くくらい、みんなの寝顔を近く感じる。
 いい夢。
 起こさないように近づいて、そっとなでていく。
 フェル様の毛並みはすべらかで、もふもふ。もふもふ最高。
 スイちゃんはぷにぷにとやわらかい。ひんやり。
 ドラちゃん……ううん、やっぱり某猫型ロボットがちらつく。ドラくんにしよう。ドラくんの鱗は硬いけど、なめらかでつるつる。きもちいい。
 みんな手ざわりが違って楽しい。それに、いつもと違って、手がすり抜けていかない。うれしい!
 それから、向田さん。
 寝顔を、しげしげと見つめてしまう。おつかれさまです。えっと、ちょっとだけ、失礼します。
(わっ、)
 慌てて指を引っ込める。
 火傷しちゃう、と思った。
 ほっぺたをつついた指先が、熱い。
(……向田さん、勝手にごめんなさい)
 どきどきしながらそっと、手のひらで向田さんの頬をつつむ。
 熱い。
 ……あったかい。
 肌があって、肉があって、骨があって、血が通って、熱がある。
 生きている人の、体。
 手がすり抜けていくこともない。
 確かに、触れてる。
 ――ああ、いい夢だなあ。
 熱に誘われて、私は隣にからだを横たえた。


 やっと、あなたに届いた。
 ずっとここに行きたかった。
 ずっと向田さんに――触れたかったの。

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