閑話 貝殻細工と魔石のシーグラス

 逃げるように走って向田さんから離れて、ドラくんとフェル様が堂々と寝そべっている広場の中央にたどり着きました。
 運よく起きていることを確認すると、私はすぐさまドラくんに拝み倒します……。
『ど、ドラくん、喝を……喝をください……!!』
『だぁーっ、またかよハナ! しっかりしろ!』
『修行が足りぬな』  
 フェル様まで?! な、情けない限りです……。
 喝と叱責を受けて、私は目を閉じて何度も深呼吸をする。
 そのまま気持ちを落ち着けようと――、

“ハナちゃん、好きなのいくつか選んでくれる? 詰め替え作業のお礼がしたくてさ”

(わーーっっ!! だめだめ、平常心、平常心……!!)
 それはもう、向田さんから頂くものはなんだって嬉しいですけれどっ!
 ……でも、もしかして海の街を観てまわりたいって言ったのって、これのためもあったり……するのかなって!?
 これはその、う、自惚れとかじゃなくってですね。
 だって、向田さんのことだもの。優しくて、気づかいが出来て、あたたかい方だから。
 きっと、私が昨日手伝いを申し出た時には考えてくれてたんだろうなって……そんな風に思ってしまったら、心から咲き誇るような嬉しさが止められなくて。
 私に選ばせてくれるのも、お礼をしてくださるのも、そのお気持ちがすごくすごく……嬉しい!!
 つまり、平常心は無理ってことになりまして……。
『この前みたいな量だったら食い切れねーぞ』
『う、うん……』
 今にも花を咲かせそうな私に向かって、ドラくんがぴしゃりと言い放つ。
 この前ってあれだよね、向田さんからブローチをプレゼントして頂いた時のこと……。
 かーっと顔に熱が集まっていくのがわかった。恥ずかしい。
 あの時はほんとに、酷かったです。しばらくずっと、止まらなかったです。
『食わんでいいぞドラ、甘やかすでない。いい加減ハナは己の体を制御出来るようになるべきだ』
『別に甘やかしてねぇよ、ただこんな所で咲かせちまったらハナも主人も困るだろ。さっさと制御出来るようになれってのは同感だけどなー』
『お、おっしゃる通りで……!!』
 ドラくんとフェル様の会話を聞いて、少し頭が冷えました。
 そう、こんな街中で、それこそこの前みたいな規模で花を咲かせちゃったら……向田さんにご迷惑をおかけしてしまう。
 それだけは、絶対に嫌です!
 祈りを込めるように胸の前で手を組んで、ぎゅっと目をつむった。
 私の体、一応アルラウネの体を意識する。私はもう人間じゃない。この人に近しい見た目は、創造神様から授かったスキルのおかげ。ほんとうの私は全身が植物で出来ていて、だからきっと髪の毛だけじゃなく、色んなところから花を咲かすことだって出来る――。
『……!!』
 やわらかな感触に手を開くと、両手からあふれるほどの大輪の薔薇が、枝もなくまあるく咲いていました。
 胸をしめる喜びは消えていない、けれど、咲き出しそうな衝動は……治まってる!
『おー! やれば出来るじゃねえか、それ一つなら食ってやってもいいぜ!』
『あ、ありがとうドラくん……!! これも食べられるやつ……?』
『フンス、少しは進歩したか。次はそもそも感情で左右されないよう精進するがよい』
『はいフェル様! 今後ともご指導よろしくお願いします!!』
 ドラくんとフェル様にお礼を言って、私は向田さんの元へ駆けだしていく。
『お、お待たせしました向田さんっ!!』
「お、おかえりハナちゃん。……大丈夫?」
「(こくこく)」
 出店のお婆さんも目の前にいらっしゃるので、念話ではなく頷いてお返事しました。心配してくれる向田さん、優しいなぁ。いつも優しいですが。
 急いで向田さんの隣にしゃがみ込むと、
「ごめん、ハナちゃんに選んでもらうはずだったんだけど……ちょっとこれ見てくれる?」
 そんな風に、ちょっと申し訳なさそうな声で言われました。
 なんだろう? と首を傾げる間もなく、目の前の貝殻細工に目を奪われる。
『わあ……!! すごい、これって……!!』
 少し青みがかった、きらきらと輝く白い貝をいくつも使われて作られていたのは、凛々しい狼の姿。
 鮮やかな赤い巻貝のトゲトゲは、綺麗に研磨されて、ちょうど頭のツノや尻尾に。似た色の赤い貝殻で羽をつけられたそれは、小さな竜。
『フェル様とドラくんそっくりですね……!?』
 もうそうとしか見えない! え、すごすぎる……!!
 感動のあまり貝殻細工と向田さんと出店のお婆さんを交互に見ると、二人から可笑しそうに笑われました。
「いえね、お嬢ちゃんがあの従魔たちと仲良しだって聞いたから。それらしい物を見繕ってちょいと似せてみたのよ」
「……!!(こくこく)」
『だ、だからフェル様の額に入ってる模様も再現されてるんですね!? なんていう素晴らしい職人芸!! 最高ですお婆さん!! 直接お褒め出来ないのが心苦しいです……!!』
 私は届かない念話で褒めちぎりなら、力の限り盛大な拍手でお婆さんを讃えた。うう、もどかしい! 早く喋れるようになりたい!
「選んでって言った手前申し訳ないんだけどさ……でもハナちゃん、絶対気に入ってくれるって思って」
 照れくさそうに、でもちょっとだけ得意気に笑う向田さんの横顔。
 また咲き誇りそうなときめきを抑えながら、ただただ、すきだなあと噛みしめました。
『……いえ、いいえ。とっても、嬉しいです!』
 私が皆のことをだいすきで、そういうことも全部、向田さんが知っていてくれて。それで、喜んでくれるだろうなって……喜んで欲しいと、きっと、思ってくれてる。
 なんだか泣きそうなくらい嬉しくて、こんなに幸せでいいのかなとさえ思いました。
『でもここまで来ると、スイちゃんに似てる物も欲しくなっちゃいますね……』
『呼んだ~?』
「おっスイ起きたか」
『おはようスイちゃん』
『おはよー。あー! フェルおじちゃんとドラちゃんそっくり~』
 ぴょこんと向田さんの鞄からスイちゃんが飛び出てきて、すぐ貝殻細工に気がつく。やっぱりスイちゃんから見てもそっくりだよね。
『すごいよねぇ! だからスイちゃんに似てる物もないかな? って思ってたところなの』
『スイにそっくりなやつ、あるー?』
『うーん、でも貝殻だもんねぇ……』
「フフフ……」
「ふふふ……」
『『?』』
 意味ありげに笑う向田さんとお婆さんに、スイちゃんと一緒に首を傾げる。
「さあさあお嬢ちゃんたち、この中から一番いいやつを選びなさいな」
 そう言ってお婆さんはばちんとウインク。
 ……向田さん、私がいないちょっとの間にどんな話をしてたんですか?! 段取りが良すぎませんか!?
 お婆さんが取り出した箱の中には、大中小さまざまなサイズの……シーグラスに似た、色とりどりの綺麗な石がたくさん入っていました!
 ざらついて曇り硝子みたいになってる物や、つるつるに透明な物もある。紅色、オレンジ、たまご色、深い青、それに……スイちゃんそっくりな水色も!
「海の魔物の魔石が、長い年月をかけて浜辺に打ち上ったものなんだって。砕けて小さくなってるから魔力はないらしいんだけど、綺麗だし、御守りとして贈ることもあるとか?」
「ええ、ええ。いつか必ずこの街に戻ってくる物だからね、縁起もいいだろう?」
 向田さんとお婆さんが説明をしてくれるのを聞きながら、私はもう、笑いすぎて頬が痛いくらいでした。
 ああ、もう、ほんとうに……幸せだなあ。
 でも不思議と、さっきみたいに、花が咲き乱れそうな気配はない。大きな薔薇を咲かせたからかな?
(ううん……違う、それもあるけど……)
 唐突に腑に落ちて、もう大丈夫だと思えました。これから先、よっぽどのことが起きない限り、勝手に花が咲くことはありません。
 だって――。
『見て見てスイちゃん、これスイちゃんそっくりだよ、可愛い!』
『スイそっくりー? うふふー、じゃあね、これはハナちゃんのお花の色ー』
「本当に仲良しなのねぇ」
「……ええ、そりゃあもう」

 ――だって私、ずっと嬉しくて、幸せなんですもの!

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「毎度あり。見た目よりかは頑丈に出来てるよ、でも扱いには気をつけておくれ」
「わかりました。割引もオマケもありがとうございます」
 フェル様とドラくんそっくりの貝殻細工はかなり割引して頂けて、魔石のシーグラスはオマケとして付けてもらいました。
 選びに選び抜いたスイちゃんそっくりのまあるい石と、スイちゃんが選んでくれた、私の花の色だって言ってくれた石。あ、あと実はこっそり、深緑の石も……。その、向田さんっぽいのも欲しいなって……! 着てることが多いお洋服の色に似てたので……!
 これは流石に恥ずかしいので内緒です。
「はいハナちゃん。……えっと、いつもありがとね」
『ありがとうございます、向田さん! ……大切にしますね』
 包んで頂いた物を受け取って、そっと抱きしめました。
 こんなに胸が高鳴っていても、ほらやっぱり大丈夫。
『向田さん、私、嬉しくても咲かないように制御出来るようになりました!』
『おおっ、いつの間にっ? 良かったね、ハナちゃん』
『はい! 向田さんのおかげでずっと嬉しくて幸せだって、改めて気付きましたから、もう大丈夫です!』
『そ……っ、そうなんだ、それは、……どういたしまして……?』
『ふふふ、いつもありがとうございます、向田さん』
 どういたしましてとありがとうの順番が逆な気もしたけれど、お礼は何度でも伝えたいからいいよね。 
 そうだ、お婆さんにもお礼……の代わりにお辞儀をするために振り返ると、目が合って、ちょいちょいと手招きされました。
 なんだろう?
「……ゴホン。フェル、ドラちゃん、そろそろ帰るぞー」
『あるじ顔あかーい』
「スイちゃんしーーーっっ」
 手招きされるままお婆さんに近づけば、「手をお出し」と言われたのでその通りにします。今日何度も見たお婆さんのウインクが、意味ありげに送られました。
 それからひょいと手に乗せられたのは、淡いピンクの……ハート型の石!?
「これは更にオマケの恋の御守りよ。ま、頑張んなさいな」
「!!」
 お婆さんは向田さんには聞こえないよう声をひそめて、私にそう耳打ちを……。
 ……私、私って……、
 私って、そんなにわかりやすいですか……?
「あらあら、見てればわかるわよ」
 何も言っていないはずのに、そんなお返事を頂いて。
 私はただ顔を真っ赤にしながら、お礼の代わりにお辞儀を繰り返すのでした。

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